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初代隊長について

川口浩隊長
名前 川口 浩
生年月日 1936年(昭和11年)8月22日
没年月日 1987年(昭和62年)11月17日
出身地 東京都
経歴 俳優座演劇研究所、1956年『虹いくたび』でデビュー。
出演作品 映画『処刑の部屋』
映画『釈迦』
TVドラマ『キイハンター』など

 探検家だと思っている人もいるみたいですが、職業は俳優です。父は作家で元・大映専務の川口松太郎、母は女優の三益愛子で三男一女の長男。1955年に慶応義塾高校を2年で中退し、俳優座演劇研究所に研究生として入所。1960年(昭和35年)に映画で共演の多かった、女優・野添ひとみと結婚。

 1962年8月(昭和37年)に大映を退社し、実業家へ転身。高級マンションの建設・運営を行う。1967年(昭和42年)株式会社川口プロモーションを設立、芸能界復帰。1969年(昭和44年)からTBSのドラマ『キイハンター』にレギュラー出演。また、川口夫妻は馬主でもあり、競馬番組で解説を務めた。

 また、川口プロとして制作にも関わった番組『ザ・ショック!!』(昭和45年10月から日本テレビ系でスタート)では、川口浩探検隊の前身ともなるアマゾンやアフリカのジャングルへの取材に赴いた。そして、1977年(昭和53年)テレビ朝日系『水曜スペシャル』に出演し、「川口浩探検隊」の隊長として世界各地の秘境や超常現象を求めて地球を駆け巡った。

 1985年(昭和60年)に胃ガンが発見され除去手術を行う。手術後闘病生活を経てテレビ復帰をするが、1987年(昭和62年)に食道ガンと喉頭癌が発見、食道ガンの除去手術を11月1日に行う。しかし、11月17日に術後の合併症による肺炎と腎不全のため東京女子医大病院で死去。51歳、若すぎる旅立ちであった。

 夫人の野添ひとみさんは、ガンとの闘病日記をまとめた『浩さん、がんばったね』を出版。病気やガンをテーマに講演・執筆活動を行っていたが、肝臓や胃の異常を訴えて入退院を繰り返すようにり、1994年11月には甲状腺ガンが見つかり放射線治療を受ける。1995年には一度退院できるまで体調が回復したが、1995年4月25日に風邪をこじらせ肺炎を併発し再入院。そのまま入院した東京女子医大病院で5月4日に亡くなった。54歳だった。

 『キイハンター』で国際警察特別室の吹雪一郎役で出演、コミカルな演技やダンディーで渋い演技など幅広い表情を見る事が出来ました。大映時代の若い頃の映画をDVDなどで見る事が出来ますので、機会があれば俳優としての川口隊長もご覧になってみてください。

二代目隊長について

藤岡弘、隊長
名前 藤岡 弘、
生年月日 1946年(昭和21年)2月19日
出身地 愛媛県松山市
経歴 1965年、松竹映画『あんこ椿は恋の花』でデビュー
出演作品 映画『日本沈没』
映画『東京湾炎上』
映画『SFソードキル』
TVドラマ『特捜最前線』
アクションドラマ『仮面ライダー』など
著書 『実践・五輪書』など

 仮面ライダー1号本郷猛役は、あまりにも有名。長い歴史のある仮面ライダーシリーズの中で唯一、ライダーの中に入ってアクションをこなしていた。(撮影中の事故により第10話まで)また、『特捜最前線』でのダンディーな桜井刑事役も印象的。最近ではバラエティー番組などにも出演し、まじめで温和な性格を見る事が出来る。

 高校時代は柔道部の主将を務め、後輩たちを引き連れ松山城の石垣をよじ登っていた。武士道を広めるため精力的に活動しており、その一環として武士道関連の著書多数。

 現在は、アメリカ映画俳優協会にも所属する国際派俳優として、世界をまたにかけ活躍中。そして、様々な武道の段を持つ武道家でもあり、芸能界でも屈指の資格保有者でもある。また、ボランティア団体の理事も務め世界各国の紛争地帯などに赴き、救援物資を届けている。

 そして、志し半ばで逝った川口浩の遺志を継ぎ、2002年12月、新・探検隊の隊長として就任!

 番組中で着用しているベレー帽やバンダナは、隊長らしくとスタッフが用意した物。リストバンド、手袋、ナイフは隊長自身が用意した物。特にナイフは日本刀の刀工に依頼し作った特製のもので、斬れ味が違うらしい。(TVBros 2003年3月29日号インタビューより)